ノンフィクション

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今あった事 #6電車人

駅のホームにて。

駅のホームで電車を待つ時は、大抵2列(または4列)に並ぶ。
そして電車の到着と同時に列の中央が裂け、電車を降りる人々はその間を通るのだ。
そんな彼らを“降車人”と呼ぶ。降車人にはルールは無く“思いやり”が全てだ。
だが、思いやりを持たぬものは糾弾され、正義の槍で貫かれる。
これは“降車人”の持つ愛が深すぎる故なのだ。(幸い今日は槍で貫かれる者はいなかった)

降車人が通過すると次は“乗車人”の時間がやってくる。

乗車人の中にはルールが在る。
「列の調和を乱してはならない」というルールだ。
これを犯したものは罪を負うことになる。
だが罪を負った者にさらに罰が下るわけではない。
罪を負うこと自体が罰なのだ。
乗車人とは罪を負う事で酷く苦しむ。そういう生き物なのだ。

今日の私は乗車人だった。
だった、という言葉に間違いはない。
なぜなら“降車人”と“乗車人”はどちらも“電車人”であるからだ。
つまり正確に言えば私は“電車人の乗車人”なのだ。

私は列に並び電車の到着を待つ。
やがて到着した電車には降車人の姿が見えた。
そしてドアが開き列が裂けるその時事件は起きた。
列の右へ並んだものは右の道へ、左に並んだものは左の道へ進む。
これが列の調和を乱さないという事なのだ。
だが、あろう事か乗車人の一人が道を誤ったのだ。
彼の誤ちが故意であるかは関係ない。
このまま乗車すれば罪になるのだ。
そしてその罪は、後ろに並ぶ者も苦しめる。
もう終わりだ、そう思った。
だがそんな時、不敵に笑う乗車人(インド人)が現われた。
彼は並んでいないにもかかわらず……彼は割り込んだ。私の前に。
瞬間私の心には怒りが込み上げた。
だが不思議なことに安心感もあった。
そう、彼は“調和”を取り戻すために割り込んだ。
いわば”英雄”なのだ。
私の怒りはすぐに消え失せ、幸福感だけが残った。

そして、乗車をして一駅、英雄は降車人となった。

夢のような時間だった。だが現実なのだ。
この日の事を私は絶対に忘れない。

 絶 対 に 忘 れ な い 。